何でも四谷のJ大では、夢見の古代誌、真怪研究、『冥報記』輪読、それぞれの研究グループが草木も眠れぬ真っ昼間から密談を繰り広げているそうな。

2008年6月3日火曜日

古代文学会シンポジウム6月のお知らせです

古代文学会6月例会(第582回)のご案内
日 時 2008年6月7日(土) 午後2時~5時


場 所 共立女子大学 本館 2階 204教室
     
●地下鉄「神保町」駅下車A8出口から徒歩1分
      ●地下鉄「竹橋」駅下車1b出口から徒歩3分
      ●地下鉄「九段下」駅下車6番出口から徒歩5分
      →地図

連続シンポジウム「神話を考える」
第3回 「神話的思考の可能性―篤胤と熊楠―」
―近代始発のジャンル横断的な知の中に、神話的思考の未来を探る―

パネリスト(1) 安藤 礼二 氏
題 目 「燕石考」読解―南方熊楠の神話論理素描
要 旨

 南方熊楠(1867-1941)は、その生涯においても思想においても、互いに相容れない二面性を生き抜いた。顕わなものと隠されたもの、過剰に言語化 されるものと根底から言語化を阻むもの、そして人為と自然……熊楠はつねに二つの極の間を揺れ動き、二つの極の矛盾と相克のなかから、己の特異な神話的思 考方法を編み出していった。「燕石考」はそのような熊楠的な神話論理の結晶として、図書館と森を舞台に、その二つのきわめて特徴的な場所の連続性と断絶性 のもとに成立した。図書館に整序された近代の知の体系を、太古の混沌とした森によって一度徹底的に破壊し、さらにそれを再構築すること、そこに総合をもた らすこと。その試みは、まさに「前後左右上下、いずれの方よりも事理が透徹して、この宇宙を成す」南方曼陀羅の母型となった。心と物、夢と現実の相互作用 から生み出され、この世界に形を与えてゆく「事」の論理。それは近代を条件とし、そのことによって逆に近代を乗り超えてゆくような「神話」の力を体現する ものであったのである。

パネリスト(2) 山下 久夫 氏
題 目 篤胤の神話的思考
要 旨
 狂信的なイデオロギスト篤胤像は、徐々に崩れつつある。しかし、まだ自国中心主義の誇大妄想家というレッテルからは必ずしも自由 ではなく、その言説にはいささか辟易させられるという傾向は続いているように思う。わたしたちは、一見誇大妄想に思える彼の言説に冷静に付き合い、これを 近世後期における「知」の問題として位置づける必要がある。その際、神話的思考の可能性を考えるというテーマは、とても有効だ。近世には、「近世神話」 (すでに斎藤英喜氏が使っているが)「近世考古学」と称するような何かがまちがいなく存在し、ロシアの南下に示される西洋の外圧を感じる中で自らの生きる 空間の意味を問い直し、再認識する「知」の運動が盛り上がっているからだ。天竺・震旦・本朝の三極構造は大きく揺らぎ、西洋天文学の要素を導入しながら神 話の再構築が行われる。篤胤は、そうした「知」の最先端にいる。彼の再構築した神話は、十八世紀~十九世紀の人々を、天文、地誌、神代文字、宗教、鉱物、 薬草、医学等、ジャンルを越えた「知」のうねりに導く。神話的に考えることは、あらゆるジャンルが交叉する空間(トポス)を発見することであった。坩堝の 発見が、「日本」意識のモチーフになっているのである。
 今回は、『霊能真柱』『仙境異聞』『古史伝』等を対象にしながら、霊魂の行方や幽冥界に関する篤胤の言説を、上記のような問題意識の中で新たに意味づけ し直してみよう。幽冥界の意味も、死後の救済という狭い意味での宗教にはとどまらないのではないか。霊魂へのこだわりと「古伝」とは、どのように結びつく のか。篤胤は、仙童寅吉に何を聞こうとしているのか。山崎美成、屋代弘賢の寅吉への質問の仕方とも比較しつつ、篤胤の「知」に迫ってみたい。

司 会 保坂 達雄 氏

1 件のコメント:

イノ さんのコメント...

みなさまこんにちは。イノです。
長々とお知らせ、すみません。

今回は、私たちの現在の開始である近代という時代が始動をはじめた時期に、神話力を発動させ行動した知の巨人二人をとりあげて、「神話的思考」とは何か、今「神話」を研究することの意味は何かを考えます。

山下久夫さんは近世の文学や思想のご専門で、秋成についての大著もおありです。そしてなぜか、古代文学会の会員です!安藤礼二さんは最近とみにご活躍の方ですので、みなさまご存知かと思います。以前のシンポでは「霊性」をめぐって折口信夫でお話いただきましたが、今回は熊楠です。
「異界」にも「あの世」にも「夢」にもおおいにからむ内容ですので、ぜひご来場くださいませ。