何でも四谷のJ大では、夢見の古代誌、真怪研究、『冥報記』輪読、それぞれの研究グループが草木も眠れぬ真っ昼間から密談を繰り広げているそうな。

2007年6月8日金曜日

一歩を踏み出すことよりも

軽い日射病もどきかと思っていたら、意外や扁桃腺が腫れてどうも風邪っぽいと”ゐです。さてタイトルはそもそも昨年末の沖縄での経験がもとになっているのですが、この火曜に参加してきた金光教学研究会でもちょっと話題になったので、今回あらためて投稿してみました。もとになっている「沖縄での経験」とは、拙ブログにもエントリしております。
http://d.hatena.ne.jp/monodoi/20061223
儀礼の場での立居振舞を、あえて信仰者/研究者に分節するならば、儀礼の場に相応しい立居振舞をしようとするのが信仰者であって、そこで一歩を踏み出してシャッターを切ることができるのが研究者だ、との素朴な二分法があります。もちろんそんな単純な話ではないのですが、この二分法が選ばれている文脈を(わずかな経験ですけれども)自省しますと、信仰者/研究者が自他の区別を(お互いに)強化する際に用いられているのではないかとの懸念を持つようになりました。ついつい自嘲的に「僕は研究者として失格です。一歩が踏み出せないのです」と述べる前に、もう少し考えるべきことがあると気付いた今日この頃です。

2 件のコメント:

ほうじょう さんのコメント...

私たちはそんな単純な生き物じゃありませんから、ひとつのカテゴリーに整理可能なはずはない。普通なら、誰かに「君って○○の部類だよね」って一括りにされると、反発を覚えるでしょう。それをあえて自分から表明するのですから、どんな場合にせよ、政治的な行為に他ならないと思います。研究者か宗教者かなんて二者択一のカテゴリーは、(当事者の悩みが本物であることは否定はしないけど)自分がポストモダンな陥穽?に苦しんでいることを宣言し、同意と調和を求めるためのツール(あるいは役割選択)でしょう。
以前、宗教史懇話会のサマーセミナーで上賀茂社の文書を拝見したとき、殿上に昇るために参加者全員がお祓いを受けねばならなくなりました。しかし、この会の6割は〈神祇不拝〉を掲げる真宗者。儀礼に関わっているあいだじゅう、個々の内面では多様な葛藤があったものと思います。〈神祇不拝〉自体を疑問視している(しかし自ら進んで〈神頼み〉をしたことはない)私のような立場もあれば、ことが終わった後、本当に涙を流して後悔した某教授のような立場もある。いずれにせよ、研究者/宗教者というカテゴライズに落ち着く問題ではなく、むしろ、どちらかに完全にポジショニングしうればそれはそれで楽なような…複雑な情況ですよね。それはもちろん、神社の側にもいえることでしょうが。
ところでと”ゐさん、今年は大妻で非常勤をやっていて、水曜に上智からテクテク歩いてゆくんですが、途中になんかアメリカンな教会があるな〜と思ってたら…「金光教麹町教会」!あんなところにあるんですね。知らなかった…。

と”ゐ さんのコメント...

ポストモダンまで辿り着いていればまだしも……といったところでしょうか。けれどもそういった方々とも付き合っていかねばならず、またそーゆー方々もコミで構想されるのがポストモダンなのでしょう。
で、「あんなところ」が意味深です(笑)けど、麴町教会は空間設計さんだそーで。
http://www.kuhkan.co.jp/chapel.html
五十嵐太郎さんの『新編 新宗教と巨大建築』(ちくま学芸文庫)p.106も参照くださいませ。