何でも四谷のJ大では、夢見の古代誌、真怪研究、『冥報記』輪読、それぞれの研究グループが草木も眠れぬ真っ昼間から密談を繰り広げているそうな。

2008年5月4日日曜日

拙論「五姓各別説と観音の夢」出ました

もろです。
ほぼ週刊四谷会談: 観仏信仰と夢 (1)とかほぼ週刊四谷会談: 観仏信仰と夢 (2)に関連する拙論「五姓各別説と観音の夢 ―『日本霊異記』下巻第三十八縁の読解の試み―」(『佛教史学研究』第50巻第2号、2008年3月、pp. 30-52)が(4月の終わりになって (^_^;;)出ましたので、テキストへのリンクとともにご報告します。
佛教史学会の会員以外の方には、抜刷をお送りします…と言いたいところですが、送付先がわからない方もいるので、ご希望の方はご連絡下さい(すんません)。

4 件のコメント:

ほうじょう さんのコメント...

拝読しました。師さんのお考えにはご発表のときにもいろいろ議論し、感想も書かせていただきましたが、やはり修行と身体、仏教の学知と宗教性の関係からいって、画期的なご論文であると思います。景戒の夢に対するこれほど説得的な見解を他に知りませんし、必ずや「「学問仏教」とよばれ矮小化されてきた法相宗の思想や宗教性を再評価」することに繋がると思います。
いま、院ゼミ崩れの研究会で『法苑珠林』の感応縁を読み始めたところなんですが、道宣の影響が濃厚であることを言説レベルで確認できますし、『霊異記』が直接的に先蹤としたのは『冥報記』でも『金剛般若経集験記』でもなく、それらを引用する『珠林』であることが明確にみえてきました。とするとやはり、景戒も感通を重視する流れのなかにいるわけです。道宣をもっとちゃんと読み込み、師さんの視野を補足する形で、学知・身体・宗教性の連関を明らかにしたいと強く思いました。
ところで、拙稿の引用だけなく、高論に刺激され口走ってしまった内容まで言及していただき恐縮です。「説話の可能態」は、これまで内容に触れてくださった方はありましたが、視角と方法をきちんと評価してくださった論考はありませんでした。師さんのおかげで、あの文章もやっと意味あるものになりました。ありがとうございました。

moro さんのコメント...

コメントありがとうございます。
道宣の影響はそのとおりだと思います。(弥永信美さんらも言ってますが)道宣には中国を仏国土として見ようとする傾向があり、それは感通系のテキストだけでなく、歴史書的なものなど、多くのテキストに垣間みられます。そしてたぶんそのムーブメントは、道宣だけでなく新羅や日本でも見られたもので、『霊異記』はその一部なんじゃないかという気がしています。『法苑珠林』の研究会に参加したいところですがなかなか難しいので、私も自分なりにいろいろ見て行きたいと思っています。
「説話の可能態」については、ほうじょうさんのような精緻な分析までもっていけず、中途半端な応用に留まってますので、ほうじょうさんの業績に泥を塗っているのではないかと (^_^;; 恐れています。

イノ さんのコメント...

moroさんこんにちは。イノです。プリントアウトして拝読いたしました。先週末、文学関係の学会大会に出席しましたが、そこで、日本霊異記を研究されているM大学の院生さんYさんと、「(イノ)最近出た観音の夢の論文、読みました?」/「(Yさん)あ、moroさんの五姓各別説と観音の夢の、ですよね?読みました!おもしろかったです~すごいですねっ!!」などという会話をいたしました。私が幼稚なために、なんとも幼稚な会話ですみません。ほうじょうさんの具体的な書き込みの後で気が引けますけれど、ちょっとご報告まで。

moro さんのコメント...

イノ様、コメントありがとうございます。おもしろいと言っていただくだけで、芸人?冥利に尽きます。