「あの世」講座が開始いたしました
夢見班は今年は「あの世」班として、首都大Ou講座を開いています。「「あの世」をめぐる文化誌」です。山手線の飯田橋~四谷界隈は「あの世」とか「異界」とかを語るにぴったりの「場所」なんだなあと、昨日もほうじょうさんに「異界」講座の実地研修のお話しをうかがいながら、あらためて確認。
昨夜、一回目はイノが古事記の黄泉国についてお話いたしました。
ちょうど、ほうじょうさんも大学のほうで、「黄」「泉」についての講義を終えたところ、ということで、「黄泉」という漢字の文化的深みについてはまったく触れなかったイノといたしましては、冷や汗もの。勉強して出直してこい、ってかんじです。
まあそのうえで今回、古事記を読み直してみて発見したのは「あの世」にたいする「この世」は、古事記においては「うつし国」という言葉に相当する世界であるということです。
「うつ」(現)の「国」とは、山川野などから成りますが、それらはすべて神々なわけで、現在進行する神々の具体的活動じたいが「場」を現前させている世界であり、その神々はイザナキ・イザナミという男女の「身」を具現した神の交合と出産によってこそ出現した、ということかと思います。
そして、人は「人草」。高天原と、もう一つの「国」である黄泉国に対して「葦原中国」とも呼ばれる「うつし国」の葦原の一部を成す「草」であり、誕生と死を繰り返しているわけです。
と、なにやらひじょうに、ファンタジーっぽいお話になったのでした。